「幸運の女神(チャンスの女神)には前髪しかない」
「幸運の女神さまの後ろ髪は短い」
「幸運の神様の前髪は短い」
「チャンスの神様には前髪しかない」
「チャンスの神様の前髪をつかめ」
など、いろんな言い回しがある、
チャンスをものにしろ。と言うことわざ。
英語で言うと「seize the fortune by the forelock.」
または「Grasp Fortune by the forelock.」
残念ながら原文は見つからなかったのだけれど、
古くはラテン語のことわざのようです。
チャンスの女神には前髪しかないので、
向かってくるときにつかまなければならない。
通り過ぎてから慌てて捕まえようとしても、
後ろ髪がないのでつかむことが出来ない。
そんな教訓が込められた諺となっています。
「幸運の女神には前髪しかない」はダヴィンチの言葉?
この神様、一説によると
「前髪が長くて後頭部が禿げてる美少年」だったそうで。
前髪が長く後頭部が禿げてる?
それって…
わたしのイメージする男性像の中では
美しくはないほうに含まれるんですが。
さて、この「幸運の女神には前髪しかない」
この言葉は、
イタリアが誇るLeonardo da Vinci が言った言葉とされているのですが、
「幸運の女神には前髪しかない(後ろ髪がない)」
「だからチャンスがやって来たら逃さずつかめ」と言うもの。
ダ・ヴィンチは、女神、と女性の神様であると言っています。
ルネッサンス期の人文学者であり、医師であり、作家でもあった
フランソワ・ラブレーによると
「機会(チャンス)は前頭だけに毛髪があり、後頭ははげている。
もしこれに出会ったら前髪を捕えよ。
一度逃がしたら、神様でもこれを捉える事は出来ぬ」
と、神様の性別には触れられていません。
どうして、男性の神様から、女性の女神様に代わってしまったのでしょうか…
「幸運の女神」は勘違い?あえて?
フォルトゥーナとテュケー
幸運の女神とされている神様は、
ローマ神話の 「豊穣多産の女神」 “フォルトゥーナ(Fortuna)” と
ギリシャ神話の 「運命の女神」 “テュケー(Tyche)”
この二人の神様が同一視され、
「幸運の女神」 となったという説が最も濃厚のようです。
あ、もちろん髪の毛は普通にあります。髪は女の命ですもの。
クロノスとカイロス
さらに、ギリシャ神話において概念の異なる二人の 「時の神」 。
計ることのできる、流れる 「時間」 を意味する “クロノス(Chronos)” と、
ターニングポイントなどの一瞬の 「時」 を意味する “カイロス(Kairos)” 。
このカイロス神は、頭にひとつかみの前髪だけが生えた、
肩とカカトに翼を持った俊足の少年。…。
おじさんにしか見えないとか言っちゃダメ。
また、カイロスは、ギリシア語で「機会(チャンス)」を意味するようです。
「一瞬にして目の前を走り抜ける(クロノス)
チャンス(カイロス)を捕まえるには
前髪をつかむしかない。
通り過ぎた後を追いかけても、後ろ髪が無いので捕まえられない。」
これが本来のことわざの意味のようです。
この複数の神様、女神さまを混同した
レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉により、
「幸運 (運命) の女神の前髪」 説ができあがり、
「幸運の女神には前髪しかない」と言われるようになったようです。
本当に混同なのか、あえて、なのかは、
ダ・ヴィンチさんのみぞ知る、と言ったところでしょうか。
なぜ、複数の言い回しがあるのか。
英語で言うと「seize the fortune by the forelock.」
forelockというと、前髪。
これに、 by the とつくことで、時を逃さない、機会に乗じる、と言う意味になります。
seizeは、つかむ。
seize the fortune、運命をつかむ、となります。
「機会に乗じて運命をつかむ」になるわけですが、
前出の
「機会(チャンス)は前頭だけに毛髪があり、後頭ははげている。
もしこれに出会ったら前髪を捕えよ。
一度逃がしたら、神様でもこれを捉える事は出来ぬ」が
短くなったり、順番が変わったり、
言い回しが変わってしまったから
複数のことわざが出来たのかもしれませんね。
わたしは
「チャンスの神様の後ろ髪は短い」
と覚えていました。
その方がほほえましくない?
チャンスをつかもうとする猫
ヒメちー、お手て出てるけど…。
チャンスの神様が来るのを待ってるんです。
なかなか来ませんね…。
ちょっと飽きちゃいました…。
チャンスの神様が通りすぎるのは一瞬でも、
その一瞬すらそうそう来ないのかも。
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